優しく接するという危険

確かに 年代的には 昭和 ど真ん中 生まれ

子ども  の頃は 根性論が 美化されていた。

幸い 私自身はそれにあまり(というか全く)

感化されることなく、比較的 放任されていた 

と言っても 今は亡き父母も 許してくれると思う。

故 巨匠 アイザック.スターンは【教えすぎは教え 足りないよりも 罪が重い】

これほど 端的に核心を射た言葉は 懐古趣味を差し引いたとしても 激しく 同意する今日この頃。

多くの保護者から 【先生には是非 厳しくご指導をお願いします】

と頼まれることが多いが、それは あくまでも プロとして ではなく しつけ のニュアンスを嗅ぎ取ってしまう。

甘いと ご批判は覚悟の上で申し上げると

厳しく接しようが 優しく 接しようが、実はその子の成長にはあまり関係ない と 言えよう。

ある保護者から言われて ある日突然気がついた自分の特性

初めて それを聞いた時は≪え?指導するものは皆持ってるんじゃないの?≫

と驚かされたのも事実。

それは★音から ★その子の精神状態、★肉体的疲労度★ただ単に音楽がそれほど好きでない★もちろん 音楽的才能★と 、一人一人が持っている音楽的才能が開花する時期

預言者を気取るわけではないが ★らをズバズバと言い当てることができる

この特性は一体どこから来たのか 全く 謎である。